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01 9月, 2019

成瀬・猪熊建築設計事務所による杉並区の「U邸/Y邸」

成瀬・猪熊建築設計事務所による東京都杉並区の二世帯住宅「U邸/Y邸」を訪問。


敷地面積147m2、建築面積78m2、延床面積120m2。木造2階建て。
接道面に約10m接する長細い敷地で、道路境界からセットバックを求められた。


左が子世帯、右が親世帯の玄関。
扉はカッパー色の特注で製作。


玄関に入り目を引くのが右上に横たわるピッチの広いルーバーと、その上の吹き抜け。


ルーバーと吹き抜けはそのままLDKにまで連続し、さらに奥まで続いている。そして傾斜した天井が平屋のように錯覚させる。


吹き抜けは1.5層分でハイサイドライトが幾つか室ごとにレイアウトされ、西から間接光で柔らかく採光し、ご覧のように照明も備わり夜間の間接光ともなる。
右手接道面からの視線や音を避けるための工夫だ。


一方東側も天井が斜めに下がっていることで、隣家からの視線を適度遮り、室内からは庭に向かってフォーカスしていくような感覚になる。


しかし、庭に近付けば天高一杯の開口となり庭の木々を目一杯享受できるのだ。天井は下がりきったところで2m、先端と中央は順梁で、左上では逆梁になっているという。
奥の壁は、施主が選んだエアコンのパネルカラーに合わせて壁を一面だけ塗装したところ、空間に奥行き感が生まれている。
テラス端の扉から間接的に子世帯と通じる。


コンクリートで立体的に配されたテラス。中央はタイルで仕上げられている。
植栽は1階はもちろん、2階の子世帯からも眺められる枝振りや樹高の異なるのもが選ばれている。ヤマツツジ、ミツバツツジ、ガマズミ、アオダモ、カエデなどを使いながら葉の密度や色がグラデーショナルに変化している。


右手キッチンからガラス引戸を介して水回りへ。筆者の背中に浴室、左手寝室へ繋がる一直線の生活動線。
洗面の上からも外光が入ってきているのが分かる。


子世帯の玄関へ。飼い猫が外に出ないように引戸を設えた。
黄色のアクリルはインテリアデザインも手掛ける成瀬・猪熊事務所としてのチャレンジだが、クライアントは直ぐに気に入ってくれたという。


半円状の階段室はシルバーに黄色の蛍光灯が主張する。プラスターボードを曲げて作られたカーブは室内側だけで、外側は平面だ。
この敷地は防火地域であり、耐火のため木構造は現しにできなかった。柱梁を耐火壁で覆わなければならないのであれば、それをデザイン要素として生かしてみようというのが、この階段室や、1階の天井などだ。


工務店泣かせの開口の先はLDK。右は寝室となる。


左の低い開口、右の高い開口、バルコニーの腰壁は隣家との視線の交錯を軽減。


トム・ディクソンのペンダントライトが吊り下がる天井は、プラスターボードを斜め貼りにするという、こちらも工務店泣かせのデザイン。パテ後はそのまま意匠として残した。
丸いペンダントライトの下には丸いダイニングテーブルが置かれる予定。


こちらも梁を被覆しつつさらにふかしを多くして生まれたデザイン。開口から離れた時と近づいたときで、空間の広がりと空の見え方に変化が生まれる。
キッチンと階段室の間の壁がRC造のように厚いが、105mmの柱を両側から21mmのプラスターボード2枚重ねで被覆されているそうだ。


緑と青空が切り取られるピクチャーウィンドウ。


寝室。天井や扉は低く、開口も小さい。右のウォークインクローゼットもダークな色調にして籠もるような雰囲気に。


階段室で対をなす小窓は、寝室からちょうど庭の木が覗けるように現場で合わせながら施工した。


猪熊純さんと、担当の永山樹さん。「木造では構造を現しにできない中、それをネガティブにとらえず積極的に解釈し、新しい建築のあり方にまで昇華することを試みました。通常、壁や床は一定の厚みのエレメントと捉えがちなところを、大胆に厚みを変化させることで、外観の街のスケールと内部空間の人のスケールを調整し、外への環境的な繋がりと、近接する周囲からの視線の回避との両立を行いました。アクティブな街に少しだけ距離をおきながら、欲しい環境を味わい尽くす住処です。」

【U邸/Y邸】
設計・監理:成瀬・猪熊建築設計事務所
構造設計:オーノJAPAN
電気設備:成田爽真
機械設備:増川智聡
植栽:...andgreen
施工:山菱工務店


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02 7月, 2017

山田守 自邸公開 +「建築家・山田守の住宅」展

「建築家・山田守の住宅」展の機会に山田守の自邸を見学してきました。山田守は20世紀に活躍した日本近代を代表する建築家のひとり。東京南青山にある自邸が住宅遺産トラストにより、家族協力のもと、没後50年を記念して展覧会開催と建物の一般公開となった。
(※内観の撮影は特別な許可を得て撮影しました)


1959年竣工。敷地面積382m2、延床面積256m2(何れも建設当時)。RC造地上3階建て。1階には「蔦珈琲店」という喫茶店があると聞けば知っている方も多いのではないだろうか。
65歳で初めて建てた自邸について「都内に木造平屋住宅を建てることは都市計画上保安の点に就いて自他の迷惑になり、都市の立体化にも反する。都内に住宅を持つことは必ずしも良くないが、ここは住宅専用地域であって都心に関係の多い仕事を多く持った人が住むところではある。不燃化立体化と美しい環境をつくることに協力するような家を造って置けば、将来も何かに利用されるであろう。」と書いている。


山田は1920年逓信省(現在の総務省)に入省、営繕課で逓信建築と呼ばれる電信電話局の設計や、逓信病院の設計を多く手掛ける。'45年に退官し独立、'49年に山田守建築事務所設立。東海大学の設立に携わり、建設工学科の教授にも着任。その後日本武道館(写真)や京都タワービルなどを手掛けたことが有名だ。


建設当初の平面図。赤い部分はプライベートな自身と家族の空間、青い部分はパブリック空間で自社オフィス、緑の部分が外部空間になる。
(作図:大宮司勝弘)


竣工模型。ここで上に書いた「将来も何かに利用されるであろう」という部分。1階はピロティになっているが、山田の死後テナントスペースとして増築し、現在の蔦珈琲店が入居している。RCのしっかりした躯体と美しい庭のおかげで、今でも人々に利用されているのだ。
また3階のテラスも居室が増築された。


青山学院大の横、アイビー通りから。1階部分は殆ど見えず、2階のコーナー窓や奥の大開口、軽やかな庇は角にRが取られて、繊細な手摺がバルコニーを囲っている。


裏庭からエントランスへ。階段を中心としたY字型プランは、代表作の一つ東京厚生年金病院で採用した手法だ。


櫛引された外壁が柔らかな表情を生んでいる。


階段室には螺旋階段が納まる。ここはオフィスがあったときのエントランスで、住居用の玄関は庭の奥にある。
現在オフィスは千代田区に)


2階。階段室に合わせた円弧状の玄関鉄扉。住居用の玄関は別にあると書いたが、普段は閉じられていたそうだ。
たたきはトラバーチンと思われる。


2階住居部は現在ギャラリー「蔦サロン」として一般利用される。オフィスがあった3階は増築され、住居として利用されているため立ち入りはできない。


玄関の “欄間” と呼ぶべきか、サンゴパンのプリズムガラスはコンクリート打設時に埋め込んで施工した。


玄関から右に折れ曲がって廊下を見る。奥に子供室、左に座敷。


地窓とハイサイドから北側の光が薄暗い廊下を照らす。


子供室。この日は山田の作品がパネルやスライド、模型で紹介される。


青学アイビーホールに向いたコーナー窓。開口端部はアクリルの曲げ板。
竣工時アイビーホールはまだなく、テニスコートがあった。


背後はシンメトリーで絶妙に分割された構成。


座敷(居間・客間)。入ると見学者は必ずこの眺めに一度動きを止めてしまう。庭は大きく盛り土し2階からの眺めをメインにされているため、大開口から季節毎に彩りを変える庭木が一面に美しく切り取られている。
中央の仕切りによって、左に八畳間、右に十畳間になる。


モダンなアレンジがなされた床の間と書院。垂れ壁の落掛(おとしがけ)や、床板の床框(とこかまち)、床柱を廃したシンプルな構成で、付書院までが水平に連続する。


床脇(とこわき)は反対側に。違い棚は廃されているものの、天袋と地袋は設え、床柱もあり、向かい合わせながら和室の伝統的な基本構成がなされている。床脇のパースラインが水平の欄間や大開口に伸びていく様が美しい。
直線的な空間に雲を思わせる有機的な欄間がアクセントとして効いている。


大開口のサッシュは改修されているが、オリジナルでは太い水平の鉄サッシュ(縦には細いサッシュ)が上下に2本、欄間と、地袋及び付書院の高さに入っていたことから、より水平ラインが強調されていたと推測される。
(photo: 国際建築1959年12月号)


座敷を仕切る右上の細い鴨居はスチールロッド+パイプで吊られ、欄間にはアクリル板が嵌められている。縁側(山田は図面でバルコニーと呼んでいる)には上の写真のように藤製のイスとローテーブルが置かれた、アーバンリゾートの趣だ。
右奥の白い扉は山田の位牌が安置されている仏壇が納まる。


仕上げに砂壁や木材が多用されているため、ついRC造だということを忘れてしまう。これだけのロングスパンの天井スラブを支えるために、中央の柱は実は鉄骨で、木の柱に見えるように杉板で被覆されている。梁は逆梁だ。


120°の角度で開く大開口。赤いノムラモミジとサクラの花びらがつくり出すコントラスト。


公開時間前のひととき。展覧会でもあるため、貴重な図面や模型も展示されている。奥の左は展示を担当した岩岡竜夫 東京理科大学教授、右は山田守の研究者でギャラリートークの講師を務めた大宮司勝弘 東京家政学院大学助教。

知る人ぞ知る、山田こだわりの畳は、畳縁(たたみべり=畳の長辺につく帯)が片側にだけしかなく、軽やかに見えるよう演出されているというが、通常はご覧のようにカーペットが敷かれているため見ることはできなかった。



玄関、キッチン方向を見る。電話台がニッチに納まる。ニッチとキッチンの開口の角にもRが取られている。


キッチン。山田によるデザインで収納がびっしり。ガスコンロ以外ほとんどオリジナルのまま。家政学部で教鞭を執る大宮司氏によると、「システムキッチンの歴史的資料」とのことだ。


奥の茶室方向。開口の角はアクリルの曲げ板で200R。曇っているのは経年劣化によるもの。


角の室内側を見てもRがついている。階段は3階の現居住エリアで立入禁止。


茶室は縁側にせり出している。


ござが敷いてあり確認出来ないが、下には四畳半のため卍型の回し敷きされ、さらに天井のヨシ張りも鏡像のように回し敷きで中央に照明が設えてある。
引き戸の向こうは3畳の小さな部屋がある。


開放的な茶室。


1階に蔦珈琲店が覗く。庭には以前池もあった。


壁面のパネルには山田守建築事務所で保管されているオリジナルの手描き図面。これは座敷建具の納まりや柱の実寸図面で初公開だそうだ。


複写されたものは綴じられ、手にとって閲覧できた。


大型建築を数多く手掛け、住宅は自邸も含め4作のみ確認されている。


山田守。「一度本当の家に住みたいという老妻の希望もあり、65才にして初めて止むを得ず本当の家を建てることになった。」と言ったように、あまり乗り気でなかったようだがこのこだわりだ。しかし竣工後7年、72歳で亡くなる。

藤岡洋保氏のコメント。「山田の特長は、なによりもその造形能力の高さにある。その伸びやかな造形は他の追随を許さない。」「彼は、ディテールを緻密に整えるタイプの建築家ではなく、建物全体を一望する視線に耐え得る造形を目指した。広い敷地に自由に造形できる機会を与えられたときに力を発揮するという、日本では珍しいタイプの建築家と言える。」



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