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03 10月, 2014

槇文彦、内藤廣らが登壇 シンポジウム「新国立競技場の議論から東京を考える」レポート

10月1日、日本建築学会 (AIJ) 主催「建築文化週間2014」のイベントとして、シンポジウム『新国立競技場の議論から東京を考える』が田町の建築会館ホールにて開催された。

 槇文彦、内藤廣、青井哲人、浅子佳英、五十嵐太郎の各氏がそれぞれの意見をプレゼンテーションし、その後ディスカッションや、会場からの意見交換などが行われた。

※内容の詳細は「10+1 web site」でご覧頂けます


 冒頭、モデレーターの松田達氏から6つのポイントで問題提起された。
1. 作者の問題、2. プログラムの問題、3. 費用の問題、4. 都市計画の問題、5. コミュニケーションの問題、6. 政治的な問題

 槇文彦 + 槇TEAMからは、『新国立競技場案 (2014.5.28) の何が問題か?』と題してプレゼンテーション。 

以下は槇氏のプレゼンテーションを要約し書き起こしたものだ。
 『誰の作品?』

「当初案は3,000億円と試算され、5月現在案は日本の設計チームが加わって1,685億円と試算。さらに10月末大手ゼネコン7社よりプロポーザルの回答がでる予定。その後ゼネコンの設計チームが加わるかも知れない、そうするとこの建築はもはや誰の作品か分からなくなる。」

 『巨大な開閉膜屋根は可能か?』

槇チームでも考えてみたがどうにもうまくいきそうにない。ゼネコンに投げられたのは実はこの部分の解決策が見つからないため。」

1万数千m2の幕屋根の開閉は技術的に可能だろうか。実際に原寸モックアップで検証する必要があると思うが、そこで無理だと分かったときはどうするのか。」

この巨大で、相当な重量になる幕を高所で張り替える作業は可能だろうか。」


 『芝の育成はできるのか?』

「実際、開閉式屋根を持つ大分銀行ドームは、新国より大きな開口面積だが、芝育成のため十分な日照を得られない。」

「2001年のオープン以来10回の事故。2011年から屋根は開放したまま放置されている

「こういった失敗例からなぜ学ばないのか。」

 『高温多湿』 

 「オリンピック開催時期、高温多湿な真夏の東京。こんなにクローズな競技場で本当に競技者のための絶好の競技環境が提供されるのか。観客は快適に観戦できるのか。」

「IOCへのもてなしなどは非常に次元の低い話。」

「そもそも8万人が入るのは開会式の時だけでないだろうか。」

 『日よけ』 

「芝育成のために一部(10,000m2程)がガラス屋根になるようだが、その下の観客は暑い。そのため可動式の日よけスクリーンを設置する必要がある。以前バーゼルでフランク・ゲーリーのガラスの建築で可動式のスクリーンを見たが、モーターやワイヤーを使い複雑な(メンテナンスも掛かる)仕組みが必要になっていた。」

「こういった設備の問題は山のようにあり、ここで紹介したのは一部でしかない。」

 『イベントホールとして成り立つか?』 

「恐らく開閉部分はC種膜による屋根になると思うが、残響時間は8秒もあり、遮音性はほとんどない。観客のジャンピング対策(=近隣への振動)はどうするのだろうか。ならばジャンピングは禁止にすればいい?そんなイベントホールは楽しいだろうか?十分な収益が上げられるだろうか?」

『コスト分析1』 
「5月現在建設費は1,625億円と算出されているが、物価上昇や屋根・免震等の諸問題を加味すると最終的には2,500億円と予想される。
長期修繕には国の施設の場合、毎年建設費の0.8%掛かると試算されるので、50年で40%である650億円が見込まれているが、これが2,500億円の建設費になった場合、修繕のレベルにもよるが最小でも50年1,250億円、最大で3,750億円がが予想される。」
「このように現状の見込み650億円と非常にかけ離れた数字になり、我々の税金で何とかすればいいという姿勢がはっきり分かる。」

 『コスト分析2』 

「年間の収支についてJSCは、収益を50億と想定していたが、そんなに儲からないだろうと周囲から言われ、38億に下方修正。しかし支出で46億の想定のままでは大幅な赤字になる。そこで特に修繕費の部分を半分に見積り、支出を33億にし収益が出るように見せるという、数字遊びでごまかしている。

簡単に修繕費を半分に落とすなどという欺瞞に満ちた数字を出すところを本当に信用できるのか、そういったところも議論する必要がある。」

 『無蓋案はどうか?』 

「(300m近い)クイーンエリザベス号と比較してもこのような大きさになる。」

「天井をなくし、50,000人規模の常設客席にし、不足分は仮設で補う。屋根が必要とIOCが言うならなら仮設テントを張ることもできる。そして新国際子供スポーツセンターを併設。」

 「屋根を支えるアーチの断面はどの位巨大かというと、80m2のアパートが入る位の大きさ。」


 『もう一つのオプション』 

「穏やかさのある東京。そして大人も子供も年間を通して楽しめるスポーツ施設。季節を彩る木々を植える。それは平成の都民からみらいの子どもたちへの贈り物になるのではないか。」

「しかしここまでしてもこの建物が廃墟になる可能性がある。2050年の日本は、人口が1億人くらいになり、生産年齢人口も減り、GDPは世界14位まで下がると予測されているからだ。そのために益々規模を小さくしていけるようなことを考える必要があるかもしれない。」 

 最後に内藤氏のプレゼンテーション。
「敵役で出てきました (笑)。」
「槇先生がいらっしゃるので、本来ここで話すのは審査委員長である安藤忠雄さんが良いと思うが、出ないとのことなので私が多少なりとも事情を話せたらと思う。」と前置きしながら、
「審査した者として結果には責任がある。」
「槇先生をはじめ中村勉さんが指摘された件は、解決し乗り越えなければならない問題。」
「審査のあり方については拙速であったと思う。時間がないなかで急がされ、私たちの意見も取り入れられないことも多々あり、こんな状態でやるべきではないと思いながらも巻き込まれたことは自分に責任がある。」
「応募資格についてはJIAの新人賞受賞者、建築学会の作品選受賞者くらいまでは広げるべきではと主張したが取り入れられなかった。」
「情報公開の仕方について、審査・設計のプロセスも公開するようにと安藤委員長も求めたがそうはならず、多くの誤解を招いた。しかるべきタイミングで公開可能な情報を提供し、市民の意見を取り入れていくことがもっとあっても良かった。(7月に行われた)建築団体とのコミュニケーションも遅きに失した。」

「このプロジェクトはまだ港に居て船出していない。それをJSC (日本スポーツ振興センター) が受け止められるだろうか。」

「今日申し上げたいのは、本当にもう時間がないのにまだ港にいる。今日ここには設計者がたくさんいらしてお分かりかと思うが、この時間次第で出来上がるものの密度であったり、建築として成り立つかどうか、施工において納得のいくクオリティになるか、皆さんが懸念されている問題を解決できるのか、それが決まる。建築の質にまつわる問題を誰も議論してこなかった...本当はこれが一番大事なのではと思う。」

「完全にこれを造るのを止めよう、というのならそれはありかも知れない。しかし造るのであれば、こんなに時間のない中で沢山の問題を解決し、未来の国民に対して落とし前を付けられるものを作り上げるのは至難の業。」

「私も全貌を把握しているわけではないので、設計についてはザハ事務所或いはJSCが説明するのが良いが、私がざっと見ただけでもハードルは極めて高い。」

「どういうことかと言うと、私の解釈は槇先生とはちょっと違って、挑戦的であることからくる問題だと思っている。それは構造の問題、開閉幕の問題、やるとなると世界初というようなことが幾つも出てくる。他に当然コストの問題、メンテナンスの問題もクリアしていかなければならない。」

「私は今まで少し傍観していたところがある。(安藤)委員長が前面に出るべきだと思っていた。しかし最近の様子を見て思うのは巨大な二流の建物はいらないと思う。これが最大の無駄遣い。やるのであれば世界に誇れるものにすべき。」

「そのためにきちんとした建築的クオリティを与え、コストも収め、性能も収めてというプロセスをこれから辿ると、非常に時間がない。」


 その後のディスカッション。


 槇氏「先ほどの内藤さんのお話は全面的に反対です。最後に、色々な問題があるが、時間のないことだから後は担当者が一生懸命汗を流して、その結果立派なもの、誇れるものを造るのが大事なのではと仰った、そのように解釈したがよいでしょうか?」

内藤氏「はい、大丈夫です。」

槇氏「私はこういうものを造って喜ぶ人は絶対世界にいないと思う。なぜなら、審査委員の責任ではないが、あの狭いところに理想的な競技場でもない、理想的なサッカー場でもラグビー場でもない、理想的なホールでもない、それを一緒にした複合施設をコストも合わないのに造っても羨ましがる人は絶対いない。むしろこんなプログラムでこんなものを造ったのかと世界から冷笑される、恥ずかしいものができると思う。」

「私も世界中でコンペの審査員をしたが、中には何でこんなひどいものものを造ったのかというものもある。その場合それは審査員の責任はそんなにはないと思う (笑)。今回審査員をされた内藤さんも、こんな事になるだろうとは思ってなかったということは十分に理解できる。プログラムがひどい、その結果建築家につけが回ってきている、この場合建築家はザハや日建たちなのかも知れない。しかしここで潔くこんなものはできません、こんなものにお金を掛けては恥ずかしい、決して高い志を持ったものは出来ませんと早めに声を上げた方がいい。」

「内藤さんはもう時間がないと仰ったが、東京に相応しいものを造るんだということを日建も含め、日本の設計者なら今からでもアイデアを出せるはず。」

 内藤氏「いや、そうかもしれません。現状 “離婚調停” は厳しい。」

「一年前であればそういうこともあった(できた)かもしれない...」

槇氏「今でもできるのではないですか。」

内藤氏「出来るかも知れないで離婚するわけにはいかないので...」

槇氏「私が言いたいのは、今決心すれば日本チームの設計で、世界に誇れる...かどうか分かりませんが (笑) 、”普通の” 競技場が出来て、それが一番都民や国民にとって幸せなことではないかということ。」

最後に本件で建築学会の役割について、
 「本プロジェクトをいかにつぶすかというデータばかりが出ている。建築学会の役割としてはニュートラルな立ち位置で何かあったら学会に、と思われるようになれればいい。」


 「技術的なことがうまくいくか、芝の育成がうまくいくかとかゼネコンのプロポーザルで結果を待つ、ということは間違っている。本来であれば第三者である建築学会の有識者で徹底的にチェックすることができる。」

「ゼネコンにプロポーザルさせてしまえば何とかなるという意識が我々にもある。その考えを直す文化を作っていくことが必要で、私も今回とても学ばせてもらった。」

「しかし私としては何としても、どうやったらこの案を阻止できるかが大切なこと (笑) 」
と締めくくった。

※内容の詳細は「10+1 web site」でご覧頂けます

ギャラリーでは「東京オリンピック2020から東京を考える」展が開催されている。

【建築文化週間2014】
建築夜楽校2014 「東京オリンピック2020から東京を考える」
・第一夜:新国立競技場の議論から東京を考える
 日時:10月1日 →本記事
・第二夜:オリンピック以後の東京
 日時:10月9日 18時〜
・東京オリンピック2020から東京を考える展
 会期:10月1日〜13日 

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